ヘンリー・マウントチャールズ卿とは誰か?

Ineffabilis!

ロイター通信が配信した記事がCNN.co.jpに4月12日付で「マドンナ、アイルランドで日曜コンサート カトリック憤慨 」と題して掲載されていた。

安息日がどうこうという話や、「結局あんたも行くんかい」と言う司祭さんへのつっこみは置いておくとして、ここでは「ヘンリー・マウントチャールズ卿とは誰か」と言うことを考えてみたい。

マドンナが8月29日の日曜日にアイルランドでライヴを開くことになり、大半がカトリックであるアイルランドでは論争が起こっている、というのが記事の要約である。

その第二段落目に於いて、以下の言及がある:

コンサート会場はダブリン近郊にあるスレイン城が予定されている。城主のヘンリー・マウントチャールズ卿は、コンサートが日曜日になったことについて、「この日しかできる日はなかった」とコメント。

ここで、日本語ではLordもSirも「卿」と訳されうることを念頭に置くと、ヘンリー・マウントチャールズ卿という人物の英語名として、幾つかの候補が頭にうかぶ。

  1. Lord Henry Mount Charles
  2. Sir Henry Mount Charles
  3. Henry, Lord Mount Charles

1番目と2番目は容易に頭にうかぶだろう。3番目なら「マウントチャールズ卿ヘンリー」と訳されることも多いであろうが、日本語への訳の問題を考慮に入れると、あり得ない選択ではない。

では、正しいのはどれだろうか。

幸いにしてCNNには英語サイトがあるので、CNN.comのInternational版の'Madonna concert provokes Irish ire’を見てみよう(別にロイターの方でもいいのだろうけど、CNN.co.jpがInternational版を訳していることを考慮に入れる)

すると以下のようになっている。

Madonna is due to play Slane Castle, 30 miles (50 km) north of Dublin, on Sunday, August 29, the castle’s owner Lord Henry Mount Charles confirmed…. "It is the only date and day feasible," he said.

日本語版が逐語訳ではなく、適当に文を組み替えていることもあり、なかなか一致しないが、上記の引用で目的は達せられる。
つまり「ヘンリー・マウントチャールズ卿」とはLord Henry Mount Charlesのことだったのだ。

めでたし、めでたし・・・・・・ とはならない。
なぜなら、彼は、アイルランド貴族であるThe Marquess Conyngham (コニンガム侯爵)の子息であり継嗣であるからだ。

これでは話が別になってくる。
侯爵の子供たちは儀礼称号を名乗る権利が社会的通念として認められている。しかし、侯爵の子であり継嗣である人物の儀礼称号は他の子供たちよりも特殊で、父親の持つ複数の爵位のうち次位のもので呼ばれることとなる。
Conyngham侯爵の次位の爵位はThe Earl of Mount Charlesであり、例の人物は、社会的にはフォーマルな書き方ではEarl of Mount Charles、より一般的にはLord Mount Charlesと呼ばれることとなる。(上記のリストの3番目の書き方も許容されるが、かなり堅苦しく系譜上や書物上の表現のように見られる)

では、Lord Henry Mount Charlesといった場合、その呼称は何を指しているのだろうか。
実は、Lord + Forenames、つまりLordに続いて名を付ける儀礼称号は、継嗣以外の男子を意味している。
つまり、継嗣であるLord Mount CharlesにLord Henry (Mount Charles)等ということは、彼の身分を実際よりも低く見ていると、とられかねない。

ところで、実は件の彼は継嗣であるLord Mount Charlesの同名の弟、という可能性はないだろうか。
これは、まずない。
何故なら、上記のLord + Fornamesに続くのは、Surname 即ち名字だからである。
Conyngham侯爵家のSurnameは珍しく爵位と一致するConynghamである。
したがって、仮に件の弟君の名がHenryだったとしても、Lord Henry Mount CharlesではなくLord Henry Conynghamとあらねばならない。

結論としては、「ヘンリー・マウントチャールズ卿」という表現は、訳がまずいどうこう以前に、Lord Mount CharlesをLord Henry Mount Charlesと書いてしまっているロイターの記者が悪い、というかわかってない、ということになる。

上記でのConyngham侯爵の爵位に関して、MarquessとConynghamとの間に’of’が抜けているのではないか、と思われる方が居られるかもしれません。
実は、Conyngham侯爵は、名字がそのまま爵位に使われているために、’of’がついていません。これはEarl Spencerの様に伯爵以下ではよくありますが、侯爵では珍しいことです。

また、Conyngham侯爵はEarl of Mount Charlesよりも古いEarl Conynghamも持っていますが、後者の方は侯爵の爵位とかぶってしまうため、継嗣が儀礼称号として使えません。
主な理由として、二人ともLord Conynghamと呼ばれるようになってはややこしいから、というのもあると思われます。

リンク切れのためCNN.co.jp及びCNN.comのニュース記事ページへのリンクをすべてInternet Archive版に差し替え(2009-02-08T13:38:58+09:00)

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25/03/2021メディア, 称号, 英国, 過去ログ

Posted by dzlfox