改めて’Princess Diana’を考えてみる

Ineffabilis!

二年ほど前、ウェイルズのある店でぶらぶらしていた時に、店内でかかっていたラジオから’Princess Diana’という語が聞こえてきた。それがどんな文脈で出てきたかは忘れてしまったが。このほかにも高級紙はともかくタブロイドにも’Princess Diana’という語はあふれているし、一般の英国人も会話の中で使っているだろう。しかし、以前にも書いたように日本でいうところのダイアナ元妃を’Princess Diana’と呼ぶのは間違いなのである。ところが、前述のように一般の英国人はわかっていないので、パブなんかで話をしても通じないであろう。というわけで、ここで扱うことを一般の英国人に言ってもわかってもらえないかもしれない。

では、なぜ’Princess Diana’というのは間違いなのか。

答えは簡単で、彼女は’Princess Diana’と呼ばれる権利がないからである。彼女は一生涯を通じて、’Princess Diana’と呼ばれる身分になったことがなかった。というのも、英国の英語における用法では’Princess + «Forename»'という表現は、Princess in her own rightに用いられるものである。ここで、英国におけるPrincessの種類について確認しておこう。

Princess in her own right (本人の権によるPrincess)
生まれついてのPrincess«Princess by birth»及びPrincessの宣旨を受けてその称と身分を許されたもの。
Princess by marriage (婚姻によるPrincess)
Princeの身分の者と結婚したことにより、その妻としてPrincessの称号を帯びるようになった者。

この二つの種類の’Princess’では称号の付され方が異なる。

Princess in her own right:
HRH Princess + 本人のForename
Princess by marriage:
HRH Princess + のForename

この違いはなぜ起こるのかということであるが、実は以前に検証した「正式な英語における既婚女性への’Mrs’の付き方」が理由なのである。称号というのは、もっともフォーマルな物であるので、当然その用法は正式な用法に準拠するのである。

というわけで、ダイアナ元妃がウェイルズ公と婚姻関係にあった時は後者に当てはまる。

しかしながら、ダイアナが結婚していたのは文字通りウェイルズ公«The Prince of Wales»である。つまり他に称号をもっていない王族は上記に当てはまるのだが、’Prince of Wales’の称号や爵位をもっている王族はその称号・爵位に同様の規則が適用される。なぜなら、同一人であるなら、ただの王族であるよりも、爵位をもっている王族であるの方が地位は上であるからである。よって、爵位でもって表される方がよりフォーマルなのである。

したがって、’Prince Charles’、’Prince Andrew’、’Prince Edward’と言い方は間違っていないが、さほどフォーマルな言い方ではない。彼らは、それぞれHRH付きで、’The Prince of Wales’、’The Duke of York’、’The Earl of Wessex’というべきである。新聞などで、タブロイドは’Prince Andrew’等と書くことがあっても、高級紙では’York’等と書くのもこれが理由である。

つまり、ウェイルズ公の妻はならびに’X’公爵位をもっている王族の妻は(敬称のHRH付きでいうと)以下の様に称される:

  • HRH The Princess of Wales
  • HRH The Duchess of 'X’

では、彼女らが離婚した場合はどうなるのだろうか。その場合は、離婚した貴族夫人«Peeress»の一般的な法則に従うことになる。

The Prince of Walesという称号は爵位ではないが、それに準拠して変形する。

一般的な貴族«Peer»の場合は:

  • 本人のForename + 'The’を省いた婚姻時の称号

となる。なので、ウェイルズ公と離婚したダイアナと、ヨーク公爵と離婚したセーラの場合は:

  • Diana, Princess of Wales
  • Sarah, Duchess of York

かつてInternet JourneyがSarah, Duchess of Yorkに関する記事を載せた時、離婚後もヨーク公夫人の称号を持つセーラ元妃といったような感じの表現をしていた。しかし、この場合における、’Duchess of York’並びに’Princess of Wales’といったものは正確に言うと称号ではない。むしろ一般人が離婚後も結婚時の姓を称し続けているのと同じと見なされるべきである。じゃぁ、日本語でどう書けばいいのかというと結構悩むのが翻訳の難しいところ…。

同様に、爵位のない王族、たとえばケント公殿下«HRH The Duke of Kent»の第二子であるPrince Michael of Kentの夫人が万が一離婚してしまったとすると:

  • Marie-Christine, Princeess Michael of Kent

となる。もっとも、一般人が離婚後に旧姓に戻すのが可能なように、彼女らも旧姓、すなわち結婚以前の称号もしくは姓に戻すことも可能といえば可能である。もしそれを選択した場合、もちろんその旨が発表されるであろう。

旧姓に戻さない一つの理由としてネームヴァリューの問題もあるだろう。たとえ公式には称号ではないとはいえ、Princeess of Walesといった物を堂々と使えるのはいろんな面で有利である。

もっともこうしたメリットも一端再婚してしまうと消えてしまう。なぜなら再婚したならばその称号擬きはもう使えなくなるからである。

このポストの最後として、前述の規則を頭に入れつつ故ダイアナ元妃の一生における称号を確認してみよう。ミドルネームは省略。

The Honourable Diana Spencer (Miss Diana Spencer)
1961年7月1日(出生時)。第7代スペンサー伯爵«The 7th Earl Spencer»の継嗣である「Viscount Althorpの未婚の女子」としての称号。’Honourable'(Hon.と略す) は封書の表書きのみに用いられ、普段はMissを用いる。
Lady Diana Spencer
1975年6月9日。祖父の逝去により父親がスペンサー伯爵位を継ぎ、「伯爵の未婚の女子」となったことから。
HRH The Princess of Wales
1981年7月29日。ウェイルズ公チャールズ殿下と結婚したことから。’Princess by marriage’
Diana, Princess of Wales

120

1996年8月28日。離婚成立により。

補足事項に続く。

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25/03/2021称号, 英国, 過去ログ

Posted by dzlfox