HRHと妃たち- ‘Princess Diana’論議の補足
さて、前回、'Princess Diana’という呼び方が誤りである、ということを指摘した記事で、'HRH The Princess of Wales’が離婚して’Diana, Princess of Wales’
となったと言うことを書いた。ここで目につくの’HRH'の脱落である。
これに関して、ダイアナ元妃の信奉者の中には、「ダイアナ嫌いのエリザベス女王がHRHの敬称を奪った」という人もいる。結論から言うと、この説は明らかな間違い、もしくは単なる言いがかりである。では、なぜこんな説が出てくるのか。狂信的な信奉者だから、称号についてのルールを知らないから、といった事もあるが、次のLetters Patent(一般的に公開勅許状と訳される、誰にでも閲覧可能な形式の君主発行の法定文書)を持ち出してくる場合がある:
君主の男子の前妻(再婚するまでの未亡人を除く)は、Royal Highnessの敬称、称号、もしくはその特質を保持し享受する資格を受けるに非ず。
この発行日に注目。すなわちウェイルズ公夫妻の離婚8日前である。当時女王とウェイルズ公妃は仲の悪さが取りざたされていたから、いかにもこの狙い撃ちをしたかのようなLPが女王からの嫁に対する仕打ちのように映ったのである。
しかしながら、これは間違いである。このLPの意図するところは、「王族男子との婚姻によりPrincessとなりHRHの称を得たものは、離婚によりその権を失う」という慣習を明確にする、ということだったのである。というのも、ウェイルズ公夫妻の離婚が現実的な問題となってから、バッキンガムは「離婚後ダイアナは何と呼ばれるのか」という質問攻めにあっていた。王室メンバーや専門家などには当然のことでも、一般の大衆には当然ではなかったからである。それに対して返答するには、女王御自ら発行のLPがもっとも適切で且つ権威の伴うものだったからである。
ちなみに、議会は君主の称号敬称には関知しても、王族メンバーの称号敬称には関知しないし、する権利もない。基本的には爵位の授与に関しても同様。これらは君主の大権である。
ダイアナや後のセーラは、婚姻によって王族の一員となった’Princess by marriage’なのだから、その離婚により’Princess’で無くなった瞬間、HRHも失うのは当然なのである。彼女らは、HRHを奪われたものでもなく、自ら破棄したわけでもなく、慣習法に基づいて、自然とHRHを称する権利を逸したのである。
さて、こういった’Princess Diana’論議の時に、必ずと言っていいほど反証に出されるのが、HRH Princess Alice, Duchess of Gloucesterである。
ジョージ五世の三男であるグロスター公爵ヘンリー王子の妻であるアリスは、1901年、
現に彼女は、1935年の結婚時から’HRH The Duchess of Gloucester’と称されていた。つまりこのころは’Princess Alice’では無かったのである。
しかし、1974年6月10日夫のグロスター公が薨去する。この時点で、未亡人となった彼女の称号は以下の二つが考えられた。
- HRH The Dowager Duchess of Gloucester
- HRH Alice, Duchess of Gloucester
このうち、前者は伝統的な形で後者は最近好まれる形である。実際前者で称されることになるはずであった。しかしながら夫の死後一年と立たぬ1975年にエリザベス二世女王は、グロスター公爵未亡人に’HRH Prince Alice, Duchess of Gloucester’と称することを許可した。この
- 義理の娘になる新しいDuchess of Gloucester、つまり第二代公爵の妻との区別を明瞭につけるため
- 'Dowager’として称されるのを嫌がったため
- ジョージ五世の四男である初代ケント公爵の妻でアリスの義妹に当たる
マリーナ が、夫の死後、’The Dowager Duchess of Kent’ではなく、’Princess Marina, Duchess of Kent’と称した先例に従いたい、ということ。ただし、Princess Marinaはそもそも生まれついて’Princess Marina of Greece and Denmark’であったから、アリスの場合とは状況が異なる。
これは要するにアリス側からの理由だが、考えてみると結構自分勝手な話に聞こえなくもない。しかし、エリザベス女王は特別に許可する。というのも、女王にとってアリスは生き残っている最後の叔母であったからである。
しかしながら、これがあくまで特例であるのは、アリスがLP等で’Princess in her own right’に封ぜられたわけではないということからわかる。一部で’Princess in her own right’の宣旨が下りたと書かれていることがあるが、正確にはそのLPはなく、彼女は’HRH Princess Alice, Duchess of Gloucester’という敬称と称号を使うことを許可されているだけである。
では、何故アリスはよくてダイアナはだめなのか。女王が許可して解決するなら、ダイアナにも許可すれば良かったではないか。しかし、アリスは未亡人なのに対し、ダイアナは離婚しているのである。アリスは’Princess Alice’の称が許可されなくても王族に留まったままであるが、ダイアナは離婚した時点で王族ではなくなっているのだ。これは決定的な違いである。
もちろん、仮にダイアナが生きていたとするなら、ウィリアム王子が即位した暁には、’HRH Princess Diana’に封ぜられただろう。国王の母親だからだ。しかし、はっきり言って、女王とウェイルズ公にはそうするだけの積極的な理由がないのである。
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