王族の爵位についてちょっと考える Part I
現在、貴族の呼称に関する記事をちょっとずつ書いているのですが、サウスアイランド公のブログに於けるLucius氏のコメントが良いポイントを突いておられたので、それに関連しつつ、ウェセックス伯爵殿下のことについて書きたいと思います。
まず、現在の王族の内、爵位を持っている人を抜き出してみましょう。敬称略。ここではリストアップしますが、ウェイルズ公の爵位に関しては、またの機会に扱います。
- Charles (女王長男)
- The Prince of Wales, Duke of Cornwall and Rothesay, Earl of Chester and Carrick, Baron of Renfrew, Lord of the Isles, Great Steward of Scotland
- Andrew (女王次男)
- The Duke of York, Earl of Inverness, and Baron Killyleagh
- Edward (女王三男)
- The Earl of Wessex, and Viscount Severn
- Richard(ジョージ五世三男の次男)
- The 2nd Duke of Gloucester, Earl of Ulster, and Baron Culloden
- Edward (ジョージ五世四男の長男)
- The 2nd Duke of Kent, Earl of St. Andrews, and Baron Downpatrick
- Philip (女王の夫)
- The Duke of Edinburgh, Earl of Merioneth, and Baron Greenwich
ここでは世代差がわかりやすいように代数も記しています。
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ウェセックス伯爵に関して
上記のリストで気になるのは二点あるかと思います。まず、女王の夫君に関して異質に写るかもしれません。生まれながらにPrince of Greece and DenmarkだったPrince Philipは女王、当時のエリザベス王女との結婚式の直前に、上記の爵位とHRHの敬称を時の国王ジョージ六世より賜りました。しかし、王室側の勘違いで、’Prince of the United Kingdom’に封じるのを忘れていたため、1957年に改めて封じられるまで、少し変な状態が続きました。しかし、まぁ、王族の爵位として当時から認識されています。この辺は、慣習法その他が非常にややこしいので、またじっくり扱います。
もっと目に付くのは、やはり、エリザベス二世の三男であるPricne Edwardが公爵ではなく伯爵である点でしょう。封建制の時代はどうだか知りませんが、制度が整ってから、王族で伯爵に(つまり最高位が伯爵であるように)授爵されたのはが初めてです。これは何故でしょうか。ウェイルズ公が弟を嫌っているからでしょうか。ほんまか。
ここで、エディンバラ公爵という爵位を改めて考えてみましょう。The Duke of Edinburghを授爵したLetters Patentにおいて、当該爵位は、heirs male of his body lawfully begotten
、すなわち授爵者の直系男子相続人に世襲されると定められています。エディンバラ公のheir maleはその長男のウェイルズ公です。しかしウェイルズ公は、Heir to the Throne、すなわち英国王位継承者です。したがって、エディンバラ公爵位と英国王位の後継者が被ることになります。それぞれの継承法の規定が違うことに注意。英国王位は 女性にも継承を許し、共同相続人の概念がないheirs of line。
さて、ここで、君主が爵位を継承すると、その爵位は王位に統合され消滅する、という原則を念頭に置かねばなりません。というのは英国では君主がfons honorum (英: fountain of honour)、つまり「栄誉の源泉」とされています。要するに、栄誉というものが君主から発している、栄誉というものは君主あってのものである、ということです。逆に言えば、君主であるということ自体が、すべての栄誉を有しているということと同じということになります。現在の君主はエリザベス二世女王で、その継嗣がウェイルズ公チャールズ王子です。つまり、ウェイルズ公が王位を継いで且つ公爵位を継いだ時点で、エディンバラ公爵位は王位に統合されることになります。
では、そこに至る過程として、どのようなものが考えられるだろうか。
- エリザベス女王が崩御し、ウェイルズ公が即位する。その後にエディンバラ公が薨去。
- エディンバラ公が薨去し、その後にエリザベス女王が崩御、それによりウェイルズ公が即位。
一番目の場合、エディンバラ公が薨去した段階で、すでにチャールズ王子が国王として即位している。したがって、エディンバラ公が薨去した時点で、エディンバラ公爵位は王位に統合され消滅する。
二番目の場合、エディンバラ公薨去の時点では公爵位継嗣のチャールズが君主ではない。したがって、ウェイルズ公が危篤の爵位と共に公爵位を継承し、第二代エディンバラ公爵となる。もちろん、ウェイルズ公の即位により、他の爵位と共にエディンバラ公爵位も統合される。
ここではウェイルズ公が両親に先立って先に薨去し、ウィリアム王子が王位継承者、つまりはThe Prince of Walesになる、という仮定をあえて省いている。しかし、チャールズをウィリアムに置き換えてもさして事態は変わらない。
このように、どうあっても、エディンバラ公爵位は時代の国王の即位と共に一端王位に統合されることとなる。
実は、ある状況下において、統合されない場合がある。それは、公爵位が’heirs male’なのに対し、王位が’heirs of line’という継承規定の違いからくる。それは王位の継承者が女子になった時である。
というわけで、ある意味エディンバラ行為は宙に浮くような形となる。別に、統合され消滅しても、それはそれで良いのだろうが、ここにエドワードが出てくるのである。
1999年6月19日ウェセックス伯爵の結婚式にバッキンガム次のような発表をした。
女王、エディンバラ公爵並びにウェイルズ公は、エドワード王子はやがてエディンバラ公爵位を、現在フィリップ王子が帯びている現行の称号が結局は
王位に立ち返る 時に、与えられであろう、と合意した。
a.t.r. FAQによると、一見明瞭に思えるこの声明も次のような曖昧さがあるという。つまり、「現行の公爵位が王位に統合された後、エドワードが新たにエディンバラ公爵位を授爵される」ということが示唆されている。しかし、一方で現在の称号、つまり現行のエディンバラ公爵位がエドワードに与えられる、とも読めないこともない。原文の英語に置いては。前者のケースでは、エドワードは新たに授爵されるので、新たに初代エディンバラ公爵となる。後者のケースでは、父親の爵位を襲爵する形になるので第二代公爵となる。しかし、後者の問題は、エディンバラ公爵位の継承方法がLetters Patentに明確に記されており、それにしたがって継承されなければならないこと。同FAQでは、議会制定法はその継承方法の規定を絶えず変更することが出来るけども、まずそのようにはならないだろう、としている。
この様な状況から、エドワード王子のウェセックス伯爵位の理由は以上であると解される。しかし、エドワードが授爵・結婚する時、一連のチャールズ・ダイアナ騒動が、ダイアナの逝去によって一応の幕を閉じた後であった。新ウェセックス夫妻は、新たにパパラッチの標的になるのをさけたかったと思われる。それが上述の事情と相まって、伯爵位の授爵ということに繋がったのではないかと私には思われる。
Princess/Lady Louise
結婚式の当日、ウェセックス伯爵夫妻は、将来生まれる夫妻の子供は’Royal Highness’の敬称で称されない、という旨の声明を出した。実際、2003年11月8日に待望の女子Louise Alice Elizabeth Maryが誕生した際、ウェセックス夫妻側から、Lady Louise Mountbatten-Windsorとして称されるように、との発表があった。つまり伯爵の女子としての儀礼称号である。
これをきいて、王族の地位に生まれたのに…、と思う向きもあるかもしれない。しかし、彼女は今でも’HRH Princess Louise of Wessex’と称されても別に間違いではない。彼女は’Princess of the United Kingdom’だからである。これはどういうことかというと、まず、現在の王族の敬称及び「王族の範囲」を決めているのは、1917年9月30日付でジョージ五世が発行したLetters Patentである。すなわち、君主の子、君主の男子の子、ウェイルズ公の長子の生存している最年長の男子、と決められている。ということは、先のルイーズは、「君主の男子の子」というカテゴリーに当てはまる。その身分と敬称は法的にLetters Patentによって規定されているのである。
しかしながら、現在に至るまで、それを上書きするようなLetters Patentは発行されていない。したがって、先の称号に関する発表は、あくまでウェセックス伯爵夫妻の個人的な願望に過ぎない。一般的な慣習として、こういう願望は尊重されるので、普段の用法としてはこれに従い、Lady Louiseと称されるだろう。しかし、正確には、彼女はHRH Princess Louise of Wessexと称されるべき権利があるのである。つまり、たとえば彼女が成人の後、そのように称されたいと思えば、いつでもそのように出来るのである。
長くなったので、ここでひとまず筆を置き、次回は王族の爵位について他のことを考えてみるとしよう。
参考文献
今記事執筆にあたり、特にエディンバラ公爵位について下記の資料を大いに用いたので、記します。引用時に傍証もしてますが。
- 'Which members of the royal family have a ducal title and who inherits their titles at their deaths?’ Yvonne Demoskoff. Frequently Asked Questions for alt.talk.royalty: British Royal and Noble Families. Ed. François Velde.
ウェセックス伯爵"殿下"という記述は、
HRH Prince Edward,The Earl of Wessex,Viscount Severn
の"HRH"から"殿下"としているんですよね? ただの
Edward,The Earl of Wessex,Viscount Severn
の場合は、ウェセックス伯爵"閣下"となるという理解で宜しいですか?
なんにしろ、ネタのきっかけを提供できたようでよかったです(笑)公爵だけじゃなくて伯爵と男爵も一緒に授爵するのは、やはり継嗣は爵位つきの称号でないと格好がつかないからなんでしょうか(^^;
そういえば、Princessと結婚する人は伯爵(と子爵)が慣例のような感じですね。ってEarl of Snowdon,Viscount Linleyしか受けた例が見当たりませんが(笑)
女王陛下としては、やはりPrincessの夫が爵位なしというのはあまりお気に召さないのかもしれませんね。
殿下に関してはその通りです。
閣下に関しては、その人が、HRHではないひと、つまり王族でない貴族ならそれで結構です。
私はこういう記事では、一般の貴族に関しては、公爵のHis Graceの様に明示されていない限り、閣下という敬称を付けない方ですが。’The’があるんだから敬称付きだろ、といわれればそうですが。
#名前を先に付す書き方では、’The’を抜かす傾向にあるようです。つけていても間違いではないようですが。ああ、それとandを入れておいた方が良さそうなので、本文を修正しておきます。
王族女性の夫に関しては、日本の皇族と違い王女が臣籍降下しませんから、王女の夫がただの庶民というのも体裁が悪いでしょう。昔は本来は王族との結婚が基本のはずでしたから。
#まぁ、厳密な分け方によっては、貴族も庶民だったりしますが、ここでは一般的な意味で、ということで。