サッチャー卿とは誰か
1月19日付のUK Todayの記事「世襲貴族の称号剥奪か!?――南アで有罪のサッチャー元首相の長男に非難の嵐」によると、元英首相サッチャー男爵の長男で准男爵であるマーク・サッチャー卿が赤道ギニアのクーデターに関与したかどで、滞在中の南アフリカで逮捕・有罪判決を受け、罰金を払って刑を免除されたということです。
細かい話は上記の記事を見てもらうとして、UK Todayに良くある間違い、もしくは不正確さがこの記事にもあります。
サッチャー卿は …… 1995年から居住しているケープタウンの自宅で逮捕された。
ところで、このサッチャー卿とは誰でしょうか。
まず、サッチャー親子の称号についてみましょう。
- マーガレット・サッチャー(元英首相)
- Lady Thatcher (Baroness Thacher)
- マーク・サッチャー(准男爵)
- Sir Mark Thatcher, Bt
'Bt’の代わりに’Bart’をBaronetの略号として使う事もありましたが、今では用いられません。
元英首相マーガレット・ヒルダ・サッチャー女史は、首相退任後の1992年に一代貴族のサッチャー男爵に叙されました。もっとも、彼女の夫であるデニス・サッチャー氏(故人)はそれに先立つ1991年に准男爵(Baronetcy of Thatcher of Scotney)に叙され、’Sir Dennis Thatcher, Bt’になっていましたので、彼女自身はすでに’Lady Thatcher’と呼ばれる身分でした。しかし、男爵位授爵によって、彼女は’Baroness in her own right’として’Lady Thatcher’となりました。
'Baroness in her own right’は、’Baroness Thatcher’と’Lady Thatcher’という二通りの呼称の仕方があります。これは、どちらで呼ばれたいか本人が声明を出して決めることができます。サッチャー女史の場合、後者を選んだようです。
さて、一方のマーク・サッチャー氏の場合、2003年に父親が死んで准男爵となるまで、母親の称号の儀礼称号として、The Hon. Mark Thatcherでした。そして、准男爵をついで’Sir Mark Thatcher, Bt’となった事になります。一般的にはこの’Bt’を省略して、’Sir Mark Thatcher’と呼ばれます。
さて、本題に戻りましょう。’Lady Thatcher’が男爵の夫人ではなく自身が男爵であることから、日本語に於いては「サッチャー卿」と書かれることは十分にあり得ることです。実際私でもそう書くこともあるでしょう。しかし、准男爵であるSir Mark Thatcherが「サッチャー卿」と書かれることはあり得ないのです。なぜなら、Sir ThatcherやLord Thatcherという称号は、件の人物を指していないからです。この辺は、以前に書いたよくある間違い: Sirの取り扱いと原理は同じです。
したがって、引用した部分の書き方ではSir Mark Thatcher ではなく母親のLady Thatcherを指しているものになってしまい、この直前にある導入部分のパラグラフと異なることを言ってしまっていることになります。
今回の件は当事者が有名人だからわかりやすくてまだいいですが、メディアがしっかりと書いてくれないと、勘違いから困ったことも起こりうるように思います。
そもそも元記事の「世襲貴族」と言う記述自体が変ですが、ここでは敢えて突っ込んでいません。
リンク切れのため引用元のリンクをInternet Archiveのリンクへ差し替え(2009/02/15 0:48)
ところで、日本の場合、「朝臣」というものがあります。
姓朝臣とか名字朝臣とかもあるようですし、このへんとLord/Sirを対比させるとおもしろいかもしれませんね。
大臣は「河原左大臣」「三条右大臣」「後徳大寺左大臣」といった通称+官職で、他の公卿は「大納言公任」「中納言朝忠」「参議篁」「皇太后宮大夫俊成」といった官職+名、四位は「在原業平朝臣」「藤原敏行朝臣」などで、それより下は呼び捨て(笑)
ただ、私の場合は坊主めくりをやっているときに興味を持ったんですが(笑)
後、女官の呼び名とかも。
そういえば、最初『史記』を読んだとき、列伝とかのタイトルにおける人物の表記に惹かれました。
「衛将軍驃騎列伝」とか。
中国史の本を読んでいても、出てくる人の官職や爵位の方に半ば興味が行っていました(^^;王とか郡王とか国公とか、爵位も豪華ですしね(笑)
いかにも日本的な、大和語と漢語などを入り交じって使う所は結構好きです。
雅ですな…。