Marquess/Marquisに関するメモ
先日来より話題にあがっている'Marquess’と’Marquis’に関することをちょっと考えてみましょう。ただ、今回はメモ程度の簡単な愚考にとどめておきます。
ですから正確性には欠けるかもしれません。
さて、すでに述べましたように、英語の辞書には’Marquess’と’Marquis’の二つの単語が載っていると思います。おそらく、英国の侯爵と英国以外の侯爵という分け方がなされているでしょう。確かに現在では一般的にそういう使い方をします。しかし、英国の侯爵のなかには後者のスペルを好む人らもいます。何故でしょうか。
さて、Marquess/Marquisという爵位の概念は、フランク王国時代のComes MarchiaeもしくはMarchio(これらはラテン語; 独:Markgraf; 英: Margrave; 辺境伯と訳される)にさかのぼります。ドイツ語形において、当時の称号の中心的存在であるGraf(伯爵)に接頭辞が付いていることからも判断できますが、これは、そもそも、辺境の異民族対策及びその鎮撫のためにGrafに一定の権限を付与したものです。あえてラテン語形を筆頭にあげてます。
さて、フランスでは、Comesは文字通り一州を支配する人たちでした。それが9世紀頃になると、数州を支配下に置き、王権が弱かったでしょうがある意味で独立したかのように思うほど権力を持ったComesが出てきました。彼らは’Marchio’/’Marquis’を自称するようになります。というのも、本来複数の州を支配できる’Comes’は’Comes Marchiae’だけだったからです。'Marchio’はもちろん’Comes Marchiae’からきています。このようにして、フランスでは辺境伯の概念が侯爵('Marquis’)の概念に発達していきました。
イングランドでは、ウェイルズとスコットランドのそれぞれの国境に辺境伯すなわちLord of the Marchが置かれました。一つにはそれが英国の侯爵の起源とも言えそうです。しかし、1385年にリチャード二世がRobert de Vere, 9th Earl of Oxfordをイングランドで初めての侯爵であるMarquess of Dublinに封じた時には、’Lord of the March’を発展させたものと言うよりも、むしろ大陸の概念を輸入したという方がよいようです。
つまり、イングランドでは’Lord of the March’から直接’Marquess’へと発展しませんでした。そのかわりに、’Earl of March’という称号もしくはその類のBaronへと発展したようです。ドイツ(神聖ローマ帝国)では、ある意味で侯爵へと発展せず、MarkgrafはMarkgrafのままその権威を保っていました。
たまにドイツ語辞書ではFürstを侯爵と訳していることもあると思いますが、語の横のつながりから考えると正しくないことがわかります。英仏の侯爵を輸入した語がドイツ語にもあったと思いますが、今ぱっと出てきません。
さて、イングランドで二番目の侯爵は、1397年にMarquess of Dorsetに封じられたJohn de Beaufort, Earl of Somersetです。後に彼は一端剥奪されますが、このときの一連のやりとりで彼は’Marquys’と記しています。これが出てくるのはフランス語の文なので、これはフランス語の当時の語形だと考えられます。
これはどういうことでしょうか。彼はエドワード三世の子であるJohn of Gaunt, Duke of Lancasterの子です。というわけで、一応イングランド人な訳です。しかしながら当時の宮廷では一般的にフランス語が用いられていたと言うことを考えておかなければなりません。しかも当時は百年戦争中で、まだまだ大陸にイングランド王側の所領がありますから、ある意味で現在のイングランドとフランスの国境で考える必要はありません。
そもそも、一時期を除いてKing of EnglandはKing of Franceを主張していたぐらいですから、問題はないでしょう。まぁ、結局英語が確立していくにつれて、より当時の英語的スペル法に近い綴りである’Marquess’が選択されていったのでしょう。
この辺の変遷はOEDを調べれば早いのだけど、また今度調べておきます。この辺がメモ書きの所以です。
では、起源をおいておいて、現在に関することを考えてみましょう。現在では英国の侯爵のスペルは’Marquess’とされています。何か法的根拠があるかはわかりませんが。しかし、歴史的変遷を鑑みて、もっと厳密にしたいという人もいます。
たとえば、侯爵の授爵はLetters Patentという君主発行の法的文書を持ってされているわけですから、そこに記されている語形で呼ぼうというものです。しかし、これはかなり煩雑です。英語のスペルは時代によって変わります。たとえばシェイクスピアの頃と現代の綴りは、一般的な単語でもかなり異なる場合があります。そういう環境のなかで、それにどれだけの意味があるのか。仮に、’Marquis’っぽいのは’Marquis’で’Marquess’っぽいのは’Marquess’で、ということにしてもかなり煩雑になります。
というわけですが、スコットランド貴族の侯爵は’Marquis’と称されることがより妥当とも言えます。スコットランドとフランスは古く長い同盟関係にありました。そういうなかで、スコットランドで侯爵という概念が出来たわけで、イングランドよりもフランスの影響の方が強いのです。また、スコットランド貴族の侯爵は、イングランドとは別の王国で封ぜられた別の法体系によりものですから、ある意味でイングランド-グレート・ブリテン-連合王国の法体系に統一される義理もない、という見方も出来ます。そういったことから、スコットランド貴族の侯爵、特にDuke of Roxburgheの副次的称号である’Marquess of Bowmont and Cessford’などは’Marquis’のスペルの方を好んでいると言われています。といっても、Marquessとつづっても失礼ではないでしょうけど。
dzlfox様、トラックバックありがとうございます。
イングランドとスコットランドでの違い、大変勉強になります。
これからも宜しくお願いします。