妻が妊娠中に有爵者が死亡した場合の相続 – もうひとつのabeyance
以前に、abeyanceという概念をさらっと扱いました。イングランド貴族における女性の爵位相続権に関する件で、女性の姉妹が共同相続人となる場合、爵位はabeyance、つまり現有者不存在という状況になり、一時的に爵位が停止状態になるというものでした。
上記のabeyanceはいずれもう少し考察してみますが、ここでもう一つabeyanceが発生するケースを見てみます。
たとえば、X男爵の夫人が妊娠中に、男爵自身が逝去したとします。この時、もし男爵に男子がいるならば、男爵の逝去の時点において問答無用でその長男が襲爵します。では、もし子供がいない場合、女子はいるが男子はいない場合はどうなるのでしょうか。
この場合、夫人が出産するまで、abeyanceとなります。というのも、男子が産まれるか、女子が産まれるかによって、襲爵する人が変わってくるからです。
もちろん残念ながら流産・死産という結果もあります。
いくつかのパターンを考えてみます。
男爵位が女子への相続を認めない爵位の場合
男子が産まれた場合
前述のように夫人が懐妊中は爵位はabeyanceとなりますが、男子が産まれた場合、その男子が直ちに(生まれた瞬間)襲爵します。
女子が産まれた場合
残念ながら女子は継げませんので、他に襲爵可能な人がいるならその人が襲爵します。いない場合、残念ながら断絶となります。
男爵位がLPの規定によって女子への相続を認める場合
Letters Patentのremainderは大抵女子への相続を認めていませんが、何らかの理由で認めている場合があります。LPはきちんとした法定文書なので、どういう順序で相続するかきっちり書いてあります。したがって相続はそれに従います。
男子が産まれた場合
たいていの場合、女子よりも男子を優先する規定になっていますから、その場合は女子を差し置いて、男子が産まれた瞬間に襲爵します。
女子が産まれた場合
もしそれまで子供がいなかったならば、女子が産まれた時点でその子が襲爵します。もし、女子がいるならば、女子が産まれた時点で長女が襲爵します。
Writによるイングランド貴族
Writによって授爵されたと見なされている古いイングランド貴族は女子への相続が可能です。
男子が産まれた場合
他と同じように、男子が産まれた瞬間にabeyanceが解けて襲爵します。
女子が産まれた場合
もし他の女子がいない場合は同じく生まれたときに襲爵となりますが、既に女子がいた場合、例によって共同相続人となりますから、違う意味でabeyanceとなります。
スコットランド貴族で女子への相続が認められている場合
古いスコットランド貴族には、女子への相続が認められているものもあります。
男子が産まれた場合
これも同様です。生まれた時点でabeyanceから爵位が復帰し、襲爵します。
女子が産まれた場合
こういった貴族の相続法は’heir general’ですから、共同相続人の概念がありません。したがって、女子がいない場合、産まれてきた女子が襲爵し、既に女子がいる場合、姉の方が妹の誕生後直ちに襲爵します。
残念ながら、流産・死産と言うこともあり得ます。その場合は、それが判明した時点で、相続が行われるでしょう。
実際の例
貴族の爵位において実際に起こった例としては、1975年の第六代カウリー伯爵の薨去に伴う相続問題があります。
第六代伯爵は妊娠中の夫人を残して亡くなったので、Earl Cowleyの爵位はabeyanceとなりました。生まれてきた子が女子でした。残念ながらこの爵位は女子が継げないものだったので、その子は継げず、六代目の叔父に当たる人物が第七代伯爵となりました。
君主の例
こういったabeyanceおよび死後の誕生による相続・継承は貴族だけでなく、君主においても適用されます。他のヨーロッパの貴族制・君主制におけるルールはすべて把握していませんが、たいてい同様に扱われるはずです。
たとえば、スペイン王位の例があります。アルフォンソ十二世は1885年11月に崩御なさいました。そのとき、女子を二人儲けていましたが、男子はいませんでした。しかしマリア・クリスティネ王妃が妊娠中だったので、王位はabeyanceとなりました。1886年5月に男子が誕生し、その子はその生まれた瞬間に国王となりました。これがアルフォンソ13世です。注意すべきは、こういう場合国王となるのは生まれた瞬間であり、決して胎内にいるときは国王ではない、ということです。決して遡及して適用されません。これは爵位も同じです。
雑感
出産まで待つというのは、昔は胎児の性別がわからなかったからでしょう。一部の陰陽師は脈でわかったとか言う話もありますが。確かに、出産まで待たずに相続が始まるなら、ある意味より暗殺が横行したような気もします。
しかし、奥方の心労は並大抵のことではないでしょう。下手したら断絶の憂き目にもなることですし。男女の性別は本人の預かり知らぬ事とはいえ、世間はそんなことを気にしないでしょうし。日本でも「変成男子の法」という胎児の性別を女子から男子へと変えると称する法がありました。冷泉天皇はこの例だとか。だから虚弱体質や狂気の傾向があったのだとか昔は言われていたようです。…大変なことです。
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