英国の署名に関するメモ
エリザベス二世女王は、即位後御自身の称号を定める詔において、次のように署名しておられます。
Elizabeth R.
英国で赤い郵便ポストを見たことがある人はERIIというモノグラムを見たことがあると思いますが、これも上記の署名と同種です。
さて、この’R’が何を表すのかというと’Regina’すなわち英語で言う所の’Queen’のラテン語です。ようするに’Elizabeth R’は’Queen Elizabeth’を表しています。’King’の場合、同じく’R’なのですが、’Rex’の略となります。
注意すべきは、現代では’Regina’はラテン語であるものの、名前の部分は英語で書く、ということです。’Elizabeth’はラテン語系も同じなのでわかりにくいですが、歴代のジョージ国王も’Georgius’ではなく’George’を用いています。
さて、ここにその例として、1917年にジョージ五世によって下された、家名をウィンザーに変更且つドイツに関する称号を放棄する詔を見てください。以前、この詔がGazetteか何かに出版されたものをスキャンした画像がアップロードされていたサイトがあったのですが、今はアクセス不可能になっています。Internet Archiveで見れることは見れるのですが、重すぎますので、うちのスペースにおいておきます。まぁ、大丈夫でしょう。
ジョージ五世の御名が’George RI’となっていることに気づかれるかと思います。これは’George Rex et Imperator’即ち「国王兼皇帝ジョージ」を意味します。「皇帝」が付加されているのは、当時のジョージ五世がインド皇帝だったからです。位が高い「皇帝」の方が後ろに来ているのは、英国王にとって、英国本国の称号の方がインドの称号よりも重要であったからでしょう
国王の妻、即ち王妃の場合も、女王と同じように署名します。ものによっては’R’抜きで署名しているのもあるようです。
では、他の王族はどうでしょうか。ウェイルズ公チャールズ王子は、’Charles P’と署名します。これは、’Charles Princeps Wallie’の略です。’Princeps Wallie’とは’Prince of Wales’のラテン語系ですから、その署名における’P’は「王族」を示す’princeps’ (prince)のことではない、という所に注意すべきです。
ウェイルズ公以外の王族は名だけで署名するようです。
では貴族はどの様に署名するのでしょうか。貴族の場合、その称号の領地名の部分を書きます。たとえば、The Duke of Norfolkなら’Norfolk’、The Marquess of Buteなら’Bute’と署名します。その夫人は、’名 + 領地名’と署名します。The Duchess of Norfolkの場合、’Georgina Norfolk’と署名することになります。
儀礼称号として爵位を称する所謂儀礼貴族(peerの長男・長男の長男など)も同じ法則に従います。
ところで、王族の子孫で王族の資格がない人物は既に王族ではないので、当然ながら貴族における法則に従って署名します。
たとえば、現在の第二代グロスター公爵は王族なので、その名でもって’Richard’と署名しますが、その長男であるアルスター伯爵は王族ではない普通のcourtesy peerなので、’Ulster’と署名します。
上記の話で、国王のRexなり女王のReginaといったラテン語を用いるのは、もちろん英国が西欧である、つまりはラテン語圏(西ローマ帝国の範疇)であるからですが、ギリシア圏(東ローマ)では当然ギリシア語を用います。たとえば、ギリシアのコンスタンティノス二世陛下は’Konstantinos B’と署名なさるそうです。このBというのは、ギリシア語で’King’を意味する’Basileus’ (バシレウス)の略です。'Basileus’は東ローマ皇帝ヘラクレイオスが自分の称号として使ったので、しばしば皇帝と訳されますしそれはそれで間違いではないのですが、本来のギリシア語では今で言う「王」の概念を表したものです。ではなぜ王を表す’Basileus’を用いたかというと、ヘラクレイオスがササン朝ペルシアを破った事によります。当時東方世界で最高位と考えられていたペルシャの支配者の称号がしばしば皇帝と訳される「王の中の王」(ペルシャ語形 'Shahan Shah’; ギリシア語形 “Basileus Basileon")で、東ローマ側が勝利したことによって、それを名乗ることにしたからです。ですから、翻訳時にはややこしくなります。とはいえ、コンスタンティノス二世陛下が用いられているのは、明らかに本来のギリシア語に基づくKingの意味の’Basileus’です。
他の大陸系の例を少し見つけましたので、リストにします。
- Queen Beatrix of the Netherlands
- Beatrix (ただしBeatrix Rと署名することもある)
- King Harald V of Norway
- Harald R
- Grand Duke Jean of Luxembourg
- Jean
- フランスの歴代国王
- 名だけで’R’をつけない。 e.g. Louis
- Emperor Nikolai II of Russia
- Nikolai (キリル語で)
基本的にラテン語圏の場合’R’または’I’を付加するようですが、決して決まりではないようです。
君主である場合と貴族である場合で署名は変わるのですね。
しかも、君主の称号を表す文字はラテン語・・・。
この記事をちゃんと読んでから書けば良かったです。
私も習ったことがないものですから、苦労しながら中途半端な独学でパズルを説いてます。