女性は爵位を継げるか Part I

Ineffabilis!

貴族制なり称号制なりは、何かと前近代的なものとしてみられがちですが、似非フェミニストの方々にとって抗しがたい魅力に駆られる命題の一つが「女性は爵位を継げるのか」ということでしょう。ここでは、英国の貴族の爵位を女性が継ぐことができるのかどうかを考えてみたいと思います。

前首相のサッチャー女史が男爵に叙されたのはご存じかと思います。この場合の爵位はいわゆる一代貴族だったわけですが、少なくとも女性も爵位を授けられることができる例といえるでしょう。

サッチャー男爵位の場合、上記の通り一代貴族なので、襲爵されることはないわけですが、世襲の爵位の場合どうなるのでしょうか。第二代マールバラ公爵のことを思い浮かべる方もいるかもしれません。

さて、このサイトにしては珍しく、いきなり結論から言いますと、次のようになります。

基本的には女性は継げない。ただし例外がある。そして例外はそれなりに結構ある。

では、実際にどのような場合に女性が継げるのかを簡単に分類すると次のようになります。

  • Letters Patentのspecial remainderに女性への継承が記されているもの
  • 古いイングランド貴族でwritによって封ぜられたもの (Baronのみ)
  • 古いスコットランド貴族(EarlとLord of Parliament)

これを念頭に置いて順々に考えてみることにします。

Letters Patentによる爵位の場合

現代において爵位が授爵されるとき、それはLetters Patentをもってなされます。つまり、君主が授爵を内定したとき、法的文書であるLPを発行し、それが公報に載って、その某氏が授爵されたということになります。

さて、このLPには、どこそこの誰々をなにがしの領地名を持つその爵を授ける、ということのほかに、その相続規定も記されています。従って、LPによって授爵された爵位は、すべてその相続権の規定事項 (remainder)にしたがって相続されることになります。

このremainderにしるされる相続規定は基本的にheirs male of his bodyとなります。これの意味するところは「授爵者の直系男性相続人」と言うことです。授爵者というのは、もちろん最初に爵位を授けられた人です。この文言では女性は除外されます。従って、この基本原則に従って作成されるLPでは、女性が爵位を継げないことになります。しかしながら、LPを作成するのも、爵位を与えるのも本来は君主の大権ですから、必ずしもこの原則に忠実である必要はなく、それなりに柔軟であり得ます。では、どういう場合に柔軟になり、女性に相続権がわたるようなLPが発行されるのでしょうか。

そういった女性への継承を認めることを含む特殊なようなremainderを’special remainder’と言いますが、これはよほど例外的な措置でない限り、以下の場合に附されることになります。

  • 授爵者本人に女子はいるが男子がいない場合
  • 授爵当時に男子がいたが、授爵者よりも先に亡くなり、女子のみになった場合

最初のケースの場合で勝つ授爵者が高齢で男子が望めない場合は、たいていの場合授爵する段階で、女性への相続が認められるようなspecial remainderとなると思われます。
二番目のケースの場合、授爵時には男子がいたわけで、当然そのLPはheirs male of his bodyに継承されていくようになっています。しかし、その男子が亡くなったことでいきなり断絶の危機となったので、女子にも継承ができるようにremainderを書き替えねばなりません。
もちろん、娘もなく、弟や妹もしくは従兄弟などしか居ない場合、それに相続させることができようにすることもあります。こういう相続規定を定めているのも’special remainder’と呼ばれます。

しかしながら、実際に書き替えられることはまずありません。なぜなら書き替えるには議会で特別法を成立させねばならず、面倒だからです。ではどうするのかというと、もう一度LPを発行して同じ爵位を、今度はその’special remainder’付きで授爵するのです。そうすれば、最初の爵位は初代が逝去すれば断絶しますが、二回目の爵位は存続するわけです。

前述のマールバラ公爵の場合はLPが書き換えられた例です。1702年にDuke of Marlborough and Marquess of Blandfordに封ぜられたときには一男のジョンが居たのですが、このチャーチル卿が1703年に亡くなったために、早くも断絶の危機となりました。そこで、1706年に議会特別法によりLPが書き換えられ、次のようなspecial remainderが附されました。

  1. 初代公爵の嫡出の直系男子相続人
  2. 初代公爵の嫡出の長女およびその直系男子相続人
  3. 初代公爵の嫡出の次女並びにその他の女子が長幼によって、およびそれぞれの直系男子相続人
  4. 初代公爵の嫡出の長女の嫡出の長女およびその直系男子相続人
  5. 初代公爵の嫡出の女子のその他の女子、およびその直系男子相続人
  6. その他の子孫を上記と同様の順位で扱い、マールバラの称号を断絶させない事を意図する。

このようにspecial remainderが附される場合も、その継承順位が細かく定められ、問題が起こらないようになっています。この時点で公爵には男子が居ないので1番目はいらないようにも思えますが、将来ひょんと生まれるかもしれないので、当然含んでおかなければなりません。ちなみに、この継承順位自体も、基本的に君主の大権ですので、特にLPを発行する段階では好きなように決めることも可能です。書き換えるときも君主の意向通りになるでしょうが、議会を通すので何ともいえません。

このマールバラのspecial remainderを見てみますと、先ず男子が居るならそれを優先することになっていて、女子は後回しになっているのがわかります。また、最後の条文にあるように、なにがなんでも存続させるために後々までも女性が継げるようになっていますが、こういったことは極めて稀なことです。大抵のspecial remainderの場合、最初の一、二代はともかく、後々は男子だけに限るような規定になっています。それゆえに、現在、LPによって女性への継承を許す爵位はマールバラ公爵位ぐらいだったように思います。未確認ですが。

続く。

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Comment(s)

1: 公爵 (2005/01/08 04:53)
なるほど!これは前から気になっていた話題です。
凄く勉強になります。続編を楽しみにしています。
2: dzlfox (2005/01/23 20:17)
おかげさまで危ういながらも何とか三部完結しました。

この記事の内容は公開当時の研究結果及び見解を伝えるものです。その後の法令情勢の変化や、見解の変更、学術的なコンセンサスのアップデートなどもありえますので、貴殿がアクセスされた時点での正確性などを保証するものではありません。

22/09/2023称号, 英国, 過去ログ

Posted by dzlfox