女性は爵位を継げるか Part II – by Writ –

Ineffabilis!

writによるイングランド貴族の爵位

さて、14世紀にLPによる授爵が定着するまでは、Writが使われました。Writは正確にはWrit of Summonsと言いますが、これはすなわち議会への召集令状のことです。当時は議会(貴族院)に列席することがすなわちpeerとなっていましたので、これによって召集されるということはすなわち授爵の意味合いがありました。厳密な書き方をすれば、そもそも議会に招集するのに’Writ’を用いて文字通り招集していたわけですが、後に「貴族院議員=Peer」という見解が成立すると、このオリジナルのWritが発行されたときが授爵された瞬間と見なされたのです。現代でも未成年で襲爵した貴族が成年を迎えて初めて貴族院に列するときには、Writが発せられます。

現代に残っているイングランド貴族の中にも、その特に古い爵位にはLPではなくwritによるものがあります。これらはすべてBaronとなっています。こういった爵位は、LPで封ぜられたわけではないのでLPのremainderに従った相続になりようがありません。したがって、このwritによる貴族はwritに則って相続されるべきということになります。

しかし、このWritは法的な文書ではありますが、実際に授爵するLPとは異なり、あくまで議会に召還する文書です。したがって、「議会に招集されうる権利」の相続規定はありません。従って、一般的な相続と同じく、この権利もheirs generalという相続法で継承されます。

'heirs general’という相続法を一寸説明しますと、いわゆる長幼制で女性も継げるものと考えてもらってもいいかと思います。本当は少し違うのですが、それは後に説明します。

  • 男爵
    • 男子1
      • 男子1-1
      • 女子1-a
      • 男子1-2
    • 男子2
      • 女子2-a
      • 男子2-1
      • 男子2-2
    • 女子a
      • 男子a-1
      • 男子a-2
      • 男子a-3
      • 女子a-a

上の系図を’heirs general’に従って継承順位順に並べてみますと以下の通りになります。ここでは、便宜上「男爵」は二代目以降とします。

  1. 男子1
  2. 男子1-1
  3. 男子1-2
  4. 女子1-a
  5. 男子2
  6. 男子2-1
  7. 男子2-2
  8. 女子2-a
  9. 女子a
  10. 男子a-1
  11. 男子a-2
  12. 男子a-3
  13. 女子a-a

これからわかるように、同じ親等内なら男子が女子に優先し、男子同士は長幼によって優先順位が決まります。また、子の方が弟妹によりも優先されます。このように、女性も襲爵することができます。

ここで、英王室の継承法を思い起こされる方もいるかもしれません。確かに似ています。ただし、微妙に異なる部分があり、それが先ほどの「少し違う」といった部分なのですが、その違いがこの記事の題目である女性の爵位継承に大きな意味があります。

上の図では必ず女子が一人しか含まれていないことにお気づきになられたかもしれません。先程男子同士は長幼で優先が決まる、と書きました。実は’heirs general’では、女子同士では長幼で優先は決まらないのです。と言いますのも、イングランド法に於いて、同親等内の女子は同等の相続権を有するとされているのです。つまり、女子が一人ならすんなり彼女が相続するのですが、女子が複数だとややこしい事態となります。

仮に男子1にもう一人女子1-bと言う娘がおり、二人の男子が親に先立って亡くなったとします。すると、残っているのは「女子1-a」と「女子1-b」の二人姉妹ということになりますが、このとき、この姉妹は同等の相続権を有しているということになります。したがって、「女子1-a」が後継者とはならず、「女子1-a」と「女子1-b」の二人が、co-heiressesすなわち共同女子相続人と言うことになります。仮に三人姉妹ならその三人が、四人姉妹ならその四人がco-heiressesとなります。

さて、彼女らの相続権は対等ですから、誰か一人が相続することはなく、分割して相続されます。一般的な財産なら確かに分割されます。しかし、爵位というものは分割しようがないものです。では、どうなるのかというと、どうしようもありませんからabeyanceすなわち現有者不存在と言う状態になります。いってしまえば、爵位が一時的に停止状態になるわけです。この時その共同相続人らは、誰もその爵位を名乗ることができません

このabeyanceの状態は、相続権の破棄や断絶などによって最上位の相続権者が一人になるか、君主の裁定によって相続権者が決められるか、するまで続きます。前者の解消の仕方を“as of right" Termination、後者の解消の仕方を“by grace" Terminationと言います。

しかし、自然に解消されるような状況にはなかなかならず、何百年とabeyanceが続く爵位も結構あるようです。こういったことから、本来は女性が継ぐことができるので断絶にはなかなかならないはずなのに、abeyanceになってしまったので、あんまり表には出てこない、というような爵位が結構あります。1927年に100年以上abeyanceにある爵位の請求権を無視するなり、3分の1以上の共同相続権を持っている人以上に請求権を限らせたりする勧告もあったようですが、法的拘束力はないようです。

abeyanceはややこしいので後の機会に扱います。

ここが、現代英国王室の継承法とは異なるところです。現代英国王室はエリザベス二世女王が妹が居るのに即位したように、姉妹間でも長幼の序によって継承順位が決まっています。姉妹だからと言って、王位を分かつことは原則的にありませんし、この意味でのabeyanceとなることもありません。このような相続法をheirs of lineと言います。

以上が、イングランド貴族における女性が襲爵可能な爵位である、Writによって封ぜられた«by Writ»貴族の継承パターンとなります。

続く。

旧ブログ時代Writeback(s)

Comment(s)

1: K-taro (2005/01/10 22:14)
お礼参りですコメントありがとうございました。
ルソーの著書から出た言葉であったとは知りませんでした。
ありがとうございました。^^
これから、ゆっくりブログを拝見させていただきます。
2: dzlfox (2005/01/12 00:31)
K-taroさま、ぶしつけにコメントさせていただいたにもかかわらず、わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます。
面白味の無いサイトではございますが、お暇なときにでも眺めていただけると幸いです。
3: AMU (2005/01/12 12:53)
共同女子相続人-女性の爵位継承権は以前から疑問があり
とても興味深く拝読しております。英国史関係の本を呼んでいて
常々疑問に思っていた「共同女子相続人」の意味が
ようやく分かりました。
(でも,どうしてこのような制度になったかは
首を傾げる者がありますが(^^;)

こちらのブログを見つけることが出来てから
少しずつ拝読しておりますが,本当に勉強になります。

4: dzlfox (2005/01/22 23:45)
うーん、そうですねぇ、ゲルマンの分割相続が中途半端に残ったのと、爵位と所有地の概念が離れてしまったのが原因かな、と私は勝手に思っているのですが、はたしてどうでしょうか。
AMU様のサイトも読ませていただいております。
5: 西京子 (2009/02/03 03:09)
dzlfox様

co-heirsな方々の持ち分?の話なんですが、先代有爵者に長女・次女のみでabeyanceになった場合、それぞれの持ち分は1/2ですよね。
それらの持ち分は1/2ずつ長女・次女のそれぞれの男性相続人に継承されていくという理解でいいのでしょうか?
また、例えば、長女の長男にまたしても長女Ⅱ・次女Ⅱのみだった場合、1/2の持ち分が分割されて、それぞれ1/4ずつとなるのでしょうか?

6: dzlfox (2009/02/03 09:17)
>西京子様

正解です。
なので、いったんabeyanceに陥ると、なかなか解消しない事態になっていく事例が多いです。
(だからこそある程度たてば見切りをつけるんですが)
ちなみに1/2とか1/4などの持ち分のことを"heirship"(相続権)という語を用いて:
1/2 heirship; 1/4 heirshipと表現します。

7: dzlfox (2009/02/03 09:19)
本文中で
>abeyanceはややこしいので後の機会に扱います。>
と書いているのに、その後もうひとパターンのabeyanceのことしかやっていませんね(苦笑)
こういうようにほったらかしの案件が多いので、システム再編後に一つずつ潰していかねばなりませんね。
8: 西京子 (2009/02/04 01:04)
dzlfox様

abeyanceに関するもう一つの記事も楽しみにしています。
heirshipについては初めて知りました。
13世紀や14世紀にabeyanceになった爵位のco-heirsを、College of Armsはきちんと把握しているのかとか、疑問はつきません。

9: dzlfox (2009/02/04 10:21)
いや、College of Armsもそんなに古くabeyanceになったco-heirsのことは把握していないんじゃないでしょうか。
もちろん、abeyance状態になった「爵位」自体のことは把握しているでしょうけど、その子々孫々の状況までは…
どちらかというと、abeyance解除を申し出る側が証明するような事柄だとおもいます。
それが大変過ぎるので、1927年の勧告につながっているのではないかと。
College of Armsはどちらかといえば、管理、審査、認証が職掌でしょうし。
系図に関しても申請されたものは綿密に調査するようですが。
(このレスは全くもって推測です:D)

この記事の内容は公開当時の研究結果及び見解を伝えるものです。その後の法令情勢の変化や、見解の変更、学術的なコンセンサスのアップデートなどもありえますので、貴殿がアクセスされた時点での正確性などを保証するものではありません。

22/09/2023称号, 英国, 過去ログ

Posted by dzlfox